大丈夫?は、大丈夫な質問にならない。

      2019/04/21

 ある受講生から「子供と、いつも遊んでいた、近所のお友達が小児がんになりました。何とか力になってあげたいので」と本部にメールが来ました。

 その受講生が、研究コースでメンタルの卒業生でもあるDr.昇先生(元気で長生き研究所所長)の、心をチェンジして免疫を高め、生活習慣の改善で、小児がんが良くなった事例の話を研究コースで聞いたので連絡を取りたいということでした。

 昇先生から事務局にメールがあり「それは僕よりも、子供さんが小児がんになり、今や完全に完治した経験のお持ちの衛藤先生に、お話を聞かれたほうが良いのではないか…」という、お返事を事務局に早速いただいたようです。

 もちろん、僕でよければ何時でも僕の体験を話せるのですが…

 ただ、このような問い合わせは、子供が小児芽腫(ガン)になった、当のご家族よりも、周囲の人が多いのです。

 このような場合は、本人やご家族に対して、お節介にならないように細心の気づかいが必要になります。

 僕にも、子供が小児芽腫になった時に、こんな経験があります。

 周囲が毎回「子供さんは大丈夫ですか?御加減はいかがですか?」その人は一回の質問であっても、こちらは毎回となく、その質問にお答えしないといけなくなるわけです。

 それは家族にも分からないのです。一進一退とする病状を毎回誰かに答えないといけなくなります。

 その度に悲しくなるし、不安な気分に引き戻されます…

 これはウツにしても、病気を持たれた家族にしても、心の負担になる場合が多いのです。

 そして、色んな情報が寄せられます、サプリメントから宗教にいたるまで…

 もちろん、当の家族も色んな情報をいただくことは、とてもありがたいのは間違いはないのです。

 でも、そこには微妙なタイミングがあります。

 カウンセリングでも「助言」や「提案」は、極度に落ち込んでいる時には避けないといけません。

 なぜなら、「頑張ろう」「病は気の問題だから…気をシッカリ持ってね!」「スグに治るさ」と、周囲から思っているほどに、本人の心は単純ではないからです。

 うつ病や病気を持たれた本人は「周囲を心配させている」と余計に罪悪感を持ってしまいます。

 僕は、小学校の時に母が自殺しました。

 ご近所の人が悲しそうな顔で「のぶゆき君、大丈夫? ツライでしょ?」とたずねてくれました。

 でも、その人達が次の瞬間には、仲間で談笑しているシーンを見て、余計に子供心に孤独になったことを憶えています。

 そして、近所で遊んでいる子供達に「ご飯だから家に入りなさい」と笑顔で、いつもの日常に戻ってゆくのです。

 もちろん、その奥様達は悪くはないのです。その瞬間の同情する気持ち、日常に戻ってゆく気持ち、それがあるから人は日常の中で生活ができるのです。

 震災から一年近くたち、あの頃にも僕はブログで警告しましたが、同情心だけで動くと現場がパニックになると…

 だから、持続あるサポートは、瞬発力ではなく、いつでもサポートできるように、自分の目の前にある、やるべきことを真心を込めてすることです。

 「可哀想で私、何もできない」と落ち込み続けるのも良くないし、あわてて同情心から、とっさ的な行動もよくないのです。

 だから、当事者ではない周囲こそが、事態を落ち着いて対応することだと…。

 子供が病気の時に、僕たち夫婦が一番嬉しかったことは「何もできないかもしれないけど、でも、何か私にできることがあったら言って下さいね…祈っています。そして、子供さんが治ることを心から信じています」と…

 そっと遠くから見守ってくれる、静かな人でした。

 僕たちが誰かに同情して行動をする時に、これはあの人の為なのか、自分の同情心を満足させたいだけの行動なのかを自分を突き離して検証しないといけません。

 だから、お見舞いも、ボランティアも、悩んで泣いている人の相談にも、ある種の自分をクールに見つめる視点が必要になります。

 優しさは、実はとても厳しいものなのです。







日本メンタルヘルス協会:衛藤信之のつぶやき





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