『ゴジラ』最新作を観て思うこと

   

 先日、『ゴジラ−1.0』を観ました。

 正直に言うと、すごく面白かったです。怪獣映画で涙したのは僕は初めてかもしれません。

 戦中と戦後、誰もが180度価値観が変わった時代。家族のため日本のために「戦って死ぬ」が、戦後は「生き残った者が未来を作る」に変わりました。

 でも、映画を観て戦後すぐは誰もが心の中に戦中から引きずった「生きることへの申し訳なさ」が死んだ者に対してあったのだろうと感じました。

 主人公も特攻隊の生き残りの一人です。そこに現れたのがゴジラでした。アメリカが行なったビキニ諸島の水爆実験で古代生物が被曝し、その結果として細胞が再生エラーをくり返し巨大化した被爆の権化。まるで核を作り出した人間に恨みを抱いたかのように人間に襲いかかる獣神です。

 僕が生まれる以前に登場したゴジラの特撮はウルトラマン、仮面ライダーと引き継がれました。

 社会の問題への原点回帰にしたのが今回のゴジラでした。まさにゴジラは核の脅威を自然界から目覚めさせた人間たちへ、生き物たちの復讐として作られた作品だったのです。

 アメリカ版のゴジラでは、ゴジラを殺傷するためにビキニ環礁で水爆を用いた脚本になっています。

 日本とは全く逆の発想です。まるでアメリカの水爆実験を擁護するように…悲しいことにビキニ環礁では、広島型原爆の1千倍以上の核の威力が放たれました。現実では第5福竜丸や多数の漁船に「死の灰」が降りました。多くの船員がその後、若くしてガンで亡くなっています。

 アメリカの政府が大地からウランを掘ろうとした時にネイティブ・アメリカンは座り込みをして反対しました。ホピの予言の中に「ここの大地の神を目覚めさせては人間に厄災が降りかかる」とあったからです。でもアメリカの政府は強制的にウランを掘り起こし、あとはご存じのように広島、長崎にその狂気は降り注がれました。その怒りの権化として初期のゴジラが生まれたのです。初期は反戦映画だったのです。庵野監督のシン・ゴジラでは核を栄養源にしているとは語られましたが、そこには触れられていませんでした。今回の山崎 貴監督はそれを原点回帰させました。

 今回のゴジラ登場に対して、最新鋭の戦闘機も戦車も使われません。生き残った者が、死んだ者たちへの申し訳なさから、戦争が残した負の遺産ゴジラに対して一致団結して戦う姿は感動を僕に与えてくれました。

 巨大な国家アメリカに負けたことで、目覚めた日本の物づくりや仲間と助け合うチームワークなど…『ALWAYS 三丁目の夕日』の山崎 貴監督はノスタルジックなものを作らせたら天才です。また『永遠の0』で零戦を甦らせた監督ですから、海でゴジラと戦うシーンは圧巻でした。

 後はネタバレになるので劇場の大スクリーンで観て下さい。

 死者への申し訳なさを「死んであがなえ」ではなく「生きてあがなえ」が今回のテーマになっています。

 阪神タイガースが優勝しました。タイガースもオリックスも素晴らしかったです。スポーツはいいです。負けても勝っても、また彼らの生き生きとした姿を今後も見られるから。でも、戦争は永遠に登場人物の活躍が見られないのですから…

 

 ⚠️怪獣映画だと思って行くと、幼い子どもにはトラウマになりかね無いので要注意。

 


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心理カウンセラー衛藤信之
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