昨日と違う今日を、生きたければ、昨日と違う自分を、演じればよい!

      2019/04/21

 「『今、ここ』に、フォーカスして生きることが大切だ」

と言われますが、過去にやってしまった過ちはどうすればいいのか。


 人間は完璧な存在ではなく、不完全な存在です。
 今まで誰一人として、失敗を犯さなかったことも、自覚することはなくても誰かを傷つけなかった人はいないのではないでしょうか?


汚れた水の入った袋を眺めながら、この水は「汚れている」となげいても、なにも現状は変わりません。だったら、その袋に新たな清い水を注ぐように、少しでも「ステキだなぁ」と思う、未来の自分を目指して、生きるしかないのです。


 A・バーンの有名な言葉で、彼は「他人と過去は変わらない、変えられるのは、自分と未来だけ」と言いました。


 アメリカのワークショップで、電車の中を「Newspaperを読みながら歩く」という事に挑戦したことがあります。「今日、ニューヨーク五番街で、二人組が、こんな事件を起こしました!」と、大きな声を出して車輌の中を歩きく。そうやって、次の車輌、次の車輌と通り過ぎて行くのです。乗客の多くは、変な珍客である僕を見て、首を振ったり、手をWにあげて「なに?ヤツは?」って顔をする。そんな、乗客を横目で感じていても、僕は無視してNEWSを読み続ける。

 車輌をすべて通り抜けて電車から出たら、隠れて観ていた仲間が「どうだった?」僕は「スゴイ恥ずかしかった!」
 「そうだなぁ、皆、お前の事をクレージーだと思っていたよ」ワハハは…皆笑い。
 「でもな、その「クレージー」という評価が、お前にずーっとは、ついてこない。永遠に影響は与えないのだ。ただ一瞬の「今、ここ」の、お前の評価でしかない。確実なのは、少なくともお前は、わずか数十分で、この電車の中で『1番の有名人になった!』と!」

 

 人生の失敗を、永遠に抱え苦しんでいるのは、実は自分だけなのかもしれません。人はそれほど、あなたの失敗など、さして意識はしていないのです。


 失敗した、愚かなことをしたと、過去の自分を責めないで、未来を信じ、一歩一歩でも、過去の汚水を押し流し、新しい水に入れ変えるように、前を向いて歩き出すしかないのです。


 その時に、大切なことは、遠い先を見ないで「今、ここ」の一歩一歩です。そのようにして、歩いていると、その先に必ず違う景色、変化した自分と出会えるから。


 僕は思います。
 「昨日と違う今日を、生きたければ、昨日と違う自分を、演じればよい!」と…









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