それぞれのフィールド。

      2019/04/21

 震災後はじめての東京の講座でした。

 タクシーに乗ると、タクシードライバーが僕が地方から来たと知ると彼はグチをこぼし始めた「いや~お客さんは大阪だから知らないだろうけど、ガソリンスタンドが渋滞になるし。日頃、車に乗らない人までもガソリンを入れようとするし、食べ物は皆で買いあさるし、東京はどうなっているのかね。私も東京の人間ですが見苦しいよ。自分さえよければいいのか!」と、

 「それぞれの理由があるんでしょうね」と僕。ドライバーの一方的な見方をチェンジしてもらうために言ってみたが、彼のイライラは収まらないようでした。

 どちらにしても博多、大阪、名古屋の街を今週すべてまわった僕には、やはり東京に来ると未曾有の震災の影響を感じました。

 日本メンタルヘルス協会の東京校がある銀座は、街のネオンが早くに消えて、講座が終わる頃にはゴーストタウンのように静かだった。金曜日の夜とは思えないと誰かがつぶやく。

 確かに、なんだか落ち着かない気持ちになる。

 だから、僕たちは、笑顔と活力を取り戻して、被災地以外の人々は被災者をけん引しなければならないのではないか?

 ニュースで見たが野球の選手会は延期を望んだが、球団サイドはそれを拒んだ。球団側は、今だからゲームをやるべきだと。僕もその意見に賛成します。

 野球選手はゲームを通してしっかり日本の気分をあげて欲しい。もちろん、電気の供給の問題があるので、ナイターは辞めてデイゲームで、という気遣いは必要だけれど••••

 日本中で、みなで頭を抱えても意味がない。

 シェークスピアは「賢者はいつまでも頭を抱えて悔やんでいない。賢者は、その損失をどう補えるかを考え、それに向かって歩き出すものである」と言っています。

 子供は通園バスに乗り遅れても「魔法の国から猫バスがくるの」と歩かないで待っていたりする。子供は春休みに学校の課題を「終わらせなきゃ、やらなきゃ」と泣いてるだけで机に向かわない。それは、泣いていればなんとか魔法のように事態が自分の望むように変わると思っている。奇跡が起こると••••
 でも、それは子供の現実逃避。幻想的ナルシズム(自己愛)なのです。

 自分は特別、自分だけは努力しなくても特別にラッキーなことが魔法のように起こると。でも、戦わなければ事態は変わらない。それを受け入れ歩き出す準備をするのが心理的に大人なのです。

 だから、野球選手はテレビで被災者のことを考えて頭を抱えているより、野球のフィールドで汗をかいて戦わないとダメだと思っています。

 昔、僕も長男が小児がんになった時に、仕事をしばらくは休んで、小児がん病棟で子供の病気と戦おうと決めました。なぜなら、病室の外で、いつもの様に仕事も、カウンセリングも、笑って講義もできないと考えたからでした。

 そして当時、妻に「今は笑って講座ができない。だから、子供と病室で一緒に過ごしたい」と告げました。

 でも、その時の妻の一言でハッと僕は逃げていることに気づいたのでした。

 「ちょっと待って、あなたがたくさんの困っている人の相談や教室で明るく講座して戦っていてくれるから、私はこの金魚鉢のような無機質な病室で子供の死と戦えるのよ!

 日頃あなたは『最悪の時に笑って生きることが強さだ』と言ってきたのに、ここで私の横で頭をタレて子供の病気を泣いているの••••

 それは困る。あなたの戦う場所はここではないでしょ。あなたが外の空気をこの病室に運んでくれるから、私はここで悲しく重い空気の中で子供と一緒に戦えるのよ。だから、あなたの戦う場所はここと違うのではないの⁈
 ここではないでしょ、ここは外のあなたの世界じゃない」と••••

 そう、僕は僕の役割から悲しみのあまり現実逃避しようとしていたのでした。

 みなさんの戦う場所はどこですか?

 現実を忘れられ、英雄伝説に酔い、興奮できる被災地ですか?

 もちろん、何もないなら被災地でボランティアもいいでしょう。でも、現実逃避につかうなら被災者にも失礼だし、現場が復興するとともに、あなたは燃え尽き症候群に陥ります。

 あなたの「今」やるべきことはなんですか?

 テレビの前で頭をウナだれることですか?

 あなたの戦うフィールドはどこですか?

 さぁ、逃げないで、一番、見慣れた世界で、あなたの戦いを!











日本メンタルヘルス協会:衛藤信之のつぶやき








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