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感想レポート
受講生の感想レポート

仕事、恋人、心の支え…

大阪校  上加世田 みほさん(35歳 女性)


私が日本メンタルヘルス協会に通い始めたきっかけは、友人の紹介でした。
 私はメンタルに通うまで、失敗や恥ずかしかったこと、辛かったことを、無意識に心の奥にしまい込みながら生きてきたように思います。

 私の家族はとても仲が良く、私は両親の愛情をたっぷり受けて育てられたと、感謝しています。
 私には兄がいますが、兄はよく両親に怒られ、両親を心配させ、困らせていました。私はああいう風にはならないでおこう、と強く思っていました。“いい子”でいることで母はいつも優しく、周りの人から私のことで褒められて嬉しそうにしている母を見るのが好きでした。学校でもほとんど怒られることが無く、みんなから“真面目”と言われるようになっていた私は、だんだん人に失敗を見せることが出来なくなっていったのです。
 失敗=恥ずかしい事と思い込み、人に同情されたくないから弱音を吐けない、もっと頑張らなければ、と常に思い込んできたように思います。頑張っていない私は私ではない・・・と。

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微笑みながら亡くなる日まで

大阪校  中村 さとみさん(50歳 女性)


今から50年前、私は米屋の長女として生まれました。父母、母の両親である祖父母と暮らしていました。幼い頃病弱だったため甘やかされて育てられた一人娘の母と結婚し養子に入った父と祖母の折り合いは良くなく、祖父の浮気もあり、いさかいが多い家でした。働き者の父ではありましたが、腎臓が悪く、体のだるさもあって機嫌がよくありませんでした。私の下の兄弟は生まれても育たず、子どものころの記憶にある家での葬儀は60代で相次いで亡くなった祖父母も含めて4回。よく「一人っ子は甘えただ。」、と言われますが、甘えている暇はありませんでした。家族の入院、死、言い争い。家族が全員そろって団らんで食事をした思い出もありません。そんな小さい頃から、絵を描くことや手芸で物を作ることが大好きでした。私のいやしの時間だったのでしょう。

 祖母の死後、短いですが両親と私の3人家族の期間がありました。体が弱く死が近いことを感じていた父からこの期間に濃縮して愛情深くたくさんのことを教えてもらったことは私の生涯の宝です。この時期の思い出があるから私は救われているのだと思います。

 その後、父の兄弟がまもなく訪れるだろう父の死を心配し、一人娘の私に遠縁の今の主人との縁談を薦めてくれました。私は21歳直前で5歳年上の主人と結婚しました。訳あって両親と離れ祖父母に育てられた主人は私の父を本当の父親のように慕い、家業を継いでくれました。たった2年の間でしたが、温かい日々が流れました。父は私たちの長男の顔を見た年に、50歳になる前に亡くなりました。

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相手と自分は違う存在であると認めること

大阪校  鈴木 誓子さん(30歳 女性)


日本メンタルヘルス協会との出会い。それはとても偶然で運命的なものでした。
というのも、私は体験セミナーに参加したのではなく、外部の講演会でたまたま衛藤先生のお話を聞かせていただいたからです。

当時、私は仕事において大きな壁にぶつかっていた時期でした。
10年努めている歯科医院において、「これからの歯科医院経営はただ治療をすすめていくのではなく、患者様の声をきちんと聴き、患者様に治療の選択肢を与える方針ですすめていかなければならない」と院長と話し合い、おもいきって診療室にカウンセリングルームを設置しました。
そして、長年の歯科衛生士業務を離れ、私がカウンセラーとして抜擢されたのです。

自信がありました。人と関わることは嫌いではない。歯科医院での経験もある。だから、私が選ばれて当然。新しい新境地にワクワクしてなりませんでした。
しかし、現実はそう甘くはなかったのです。

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誤解はお互いが、より理解しあえるために起こるもの

東京校  木村 仁美さん(42歳 女性)


基礎コース・後編、最後のセミナー。
印象に残ったのが、「見返りを求めず、純粋に今を楽しんでいる人が自己実現している人」という衛藤先生の言葉です。
私が20代の頃、当時の職場で野心の強い上司がいつも口にしていました。

「自己実現」

最近よく耳にする言葉ではありますが、いざ「あなたの自己実現とは?」と聞かれると、うまく十分に説明できない自分がいました。

ここで、これまでの自分を振り返るために、少し自分自身のことを書いてみます。
私は自分で言うのもおこがましいのですが、いつも目標に向かって突き進むタイプの人間でそれなりに忍耐力や根性もあると思います。目標に向かって努力もして来ました。

「仕事ができれば、特に結婚しなくても問題ないのでは?」と思っていたところもあり、仕事で認められることを意識して過ごしてきたのですが、気が付けば世間で言われるアラフォー世代の仲間入りをしていました。

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幸せであるということに気付けたことが何よりの幸せ

福岡校  野崎 優花さん(37歳 女性)


37歳、独身、派遣社員、休日の予定なし───。

この現状にあせる日々・・・。
同年代の女性ならほとんどみんな持っている家庭も子供も、私にはない。かといってバリバリのキャリアウーマンというわけでもなく、ましてや正社員ですらない。デートする彼氏もいなければ、休日にわざわざ約束して遊びに出かけるような友達もいない。

自分が何をやりたいのかさえわからず、ただ過ぎていく毎日を淡々と過ごしているだけ・・・。
このままでいいのだろうか・・・?私の人生、こんなはずじゃなかった!
かつての私は友達もいっぱいいて、夢があって、いつも輝いていたのに・・・。

幼少期から十代の頃までの私はいつも元気いっぱいでみんなの人気者。友達もたくさんいて、毎日がとても楽しかった。究極のプラス思考でいつも目一杯気を遣い、そして目立ちたがり屋のお調子者。真面目で常に一生懸命な完璧主義者。とにかく自他ともに認める努力家で、できない事など何もなかった。

二十代の頃の私は某劇団の女優をしていた。有名女優の付き人をしたり、公演で全国をかけまわっていた。幼い頃からずっと憧れていた舞台の世界。お財布の中はいつも2~3百円だったけど、でもそんな世界に自分がいられるというだけで幸せいっぱいだった。
結婚し子供ができていく周りの友人の事などうらやましいはずもなく、私はダンスに歌に劇団の稽古に、と充実した毎日に喜びを噛みしめて過ごしていた。

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