僕だけのインスタグラム

      2019/04/21

 メンタル生と話していて、メンタルで心理学を学んで「立ち止まることを覚えた」とか「イライラしていても、そのイライラしている相手に、心の中には、期待があることを知った」と話す人がいたり。

 「子どもを叱った後に、いつかこの瞬間も懐かしく思い出す時が来るのだなぁ」と、遠い未来から「今、ここ」を見つめることが身についたとか、メンタル生らしい会話の中で、仲間と食事をするのは楽しい時間です。

 

 そんな話を、目をほそめて聞きながら、僕も「この食事の瞬間も懐かしく思い出すのだろうなぁ」と感じていました。

 

 僕は、よく心のカメラを持ち歩く。それはインスタグラムにあげる写真ではなく、心の中に優しくふりそそぐ思い出の数々です。

 


 

 それはおそらくインスタグラムに、載せても誰も見向きもしない、僕だけの心の写真です。

 

 遠足で歩いた道端の何気ないシーンであったり、授業がむなしくなって、校庭に水がまかれた、なんとも言えない夏の砂の香りだったり、恋人とケンカした時に、後悔とともに見た彼女の涙であったり、子どもを抱きしめた時に感じた、小さいのに一生懸命に生きているんだなぁという感動であったり

 

 多くの人は、将来の「リアルな夢の実現」や「幸せ」を見つめて日々を生きています。でも、遠い未来に宝物は落ちているのではなく、目の前の戻らない時、手から落ちて行く思い出の一瞬、一瞬の中に、すべてあるのではないかと思うから

 

 それらを抱きしめて生きた人のみが、インディアンが言うように最期の吐息を大地に返す瞬間に、自分は「生ききった」と言える人生になるのだと思う。
  

 

 

 

一粒の砂の中に世界を見

一輪の花に天国を見る

手のひらの中に無限を握り

一瞬の中に永遠を感じる

 

   ウィリアム・ブレイク

 

 

 

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